The days which
earth people strike out into |
列車番号9375
地球発23時55分 急行 朝霧 …2号車
「お隣り、空いてますか?」
駅構内のカフェでくつろいでいると、一人の女性に声をかけられた。
「ああ、いいですよ」
夏休みシーズンということもあって、駅はいつもより多くの旅人が集まっていた。学生風の彼女も休暇を利用しての旅行だろうか。
「もう、これしか残ってなかったの」
言いながら持ってきたトレーには、サンドイッチとアイスティーが乗せられていた。
「まだいいよ。もうこの時間になると、せいぜいコーヒーくらいしか残ってない時の方が多いんだから」
もう夜も昼もないこの街ではあるが、さすがに23時を回ると不便な面も出てくる。
「へえ、よく利用するんですか、ここ」
「仕事の都合で年2,3回だけどね」
「そうなんですか…どちらまで?」
「これから月経由で金星へ。出張の時はシャトルで往復できる旅費がもらえるんだけど、いつも片道は列車の乗り継ぎにするんだ」
「それで旅費を浮かせる、と」
「あ、内緒だよ」
そう言うと、いたずらっぽく彼女は笑った。
彼女はやはり学生で、月で生まれたいわゆるムーンピープル。夏休みを利用して、念願の地球旅行をすることにして、たった今、銀河鉄道でここ地球へ着いたばかりだという。
「列車で地球へ近づいたとき思ったんだけど、本当に近くで見ると一段ときれいね、青い地球って」
これから始まる旅への期待が、憧れのまなざしから見て取れる。本当に楽しみにしていたんだろう。
確かに美しい星だ。しかし、日常を思うと気が滅入る。出張や旅行からの帰路、その帰るべき星の姿がだんだん大きくなってくる到着直前は、一番嫌いな時間だったりするのだ。まあ今日のように、これから出発というときは、逆に気が紛れるが。
「ねえ、お兄さん」
「え、ああ、何か?」
おそらく10歳以上年下であろう学生の彼女から急に「お兄さん」などと言われて、ちょっとどぎまぎしてしまった。
「地球でおすすめの場所ってありますか?ここだけは見ておけ、とか」
「そうだなあ…自分としては、別に…僕に聞くより、ガイドブックとか見た方がいいよ」
実際、そう言われても具体的に思いつかない。彼女はあてが外れたような顔をしている。
「お兄さんは、地球のこと、あまり好きじゃないの?」
彼女に聞かれて答えに困った。
「嫌いなわけじゃないけど、どちらかというと、今はあんまり楽しいことがないからね。正直、他の星へいって人生やり直してみたいなって思うときもあるよ」
そこでふと逆に聞いてみたくなった。
「君は、君が生まれた月のこと、好き?」
「もちろん」
弾んだ声で答えた。
「だって、私が生まれた星だもの」
「…それだけ?」
「ええ。でも、それだけで充分じゃない。私はこの宇宙にただ一つしかない、月という星で生まれ育って、たくさんの仲間に出会って。それはこれからも、どこへ行ってもずっと変わらないし、誇りに思ってるの」
「生まれた星、か」
改めて思う。自分は地球で生まれ、今も暮らしている。宇宙のどこへ行っても自分は地球人であり、そんな自分のことを分かってくれる家族や友人がいるのも、地球以外にないのだということ。それは確かなのだが、自分としては、やっぱりそれだけじゃ何か物足りない、それか全てじゃない、という気がする。
でも、純粋に生まれた星を好きだと言える彼女の気持ちが理解できないわけじゃない。むしろ、そんなストレートな感情をうらやましく思った。
就職したばかりの頃、自分は、同じ出身地や出身校の者ばかりが群れたがる心理が理解できず、むしろ毛嫌いしていた。今でも、その考えはあまり変わっていないが、そういう気持ちも、少しはあってもいいか、という気がした。
列車の発車が迫ってきた。もう行かなければ。
「それじゃ、僕はこれで。いい旅を」
「ありがとう」
彼女は素敵な笑顔を返してくれた。
改札へ向かいながら、彼女がこの旅を終えて月へ帰るとき、憧れていた地球への印象が今より素晴らしいものになっていればいいなと、一人の地球人として、そんなことを思った。
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急行 | 朝 霧 |
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ASAGIRI |
運行区間
地球(メガロポリス中央)〜コロニー月見台〜如月〜月面基地 約38万キロ |
約12時間 |
列車編成
1号車 |
2号車 |
3号車 |
4号車 |
5号車 |
6号車 |
7号車 |
8号車 |
9号車 |
10号車 |
11号車 |
12号車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
グリーン車 |
グリーン車 |
食堂車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
(10〜12号車は地球〜コロニー月見台間のみ連結) |
優月鉄道は当初、貨物専用の鉄道であったが、月面基地への一般人移住が開始されたときから旅客列車が運行されることになった。当初移住者専用列車であったが、のち一般に開放されることになった。これが「朝霧」の前身である。
当初は貨物用機関車と、銀河鉄道の中古客車という編成であったが、一般開放時に専用の新型車両が導入され、「朝霧」の愛称もその際につけられたものである。
所要時間は長いものの、他の交通機関に比べ、安価な運賃で利用できることもあって、現在でも若者を中心に人気が高い。
途中、コロニー月見台に停車するが、これは車両の整備と旅客の一時休息を主目的としている(コロニー月見台は居住区であるが、優月鉄道にとっては同時に、地球〜月の間で唯一のエネルギー補給施設としての役割があり、また長距離旅客向けの食堂、浴場、仮眠室などのサービスエリアもある)。