The days which
earth people strike out into |
列車番号7501
地球発19時50分 急行 夕凪
地球を出ておよそ10時間、急行「夕凪」は月面基地駅に到着した。
本来、この列車は同じ月面基地に新しくできた「新駅」の方に発着するはずだが、数日前から、新駅周辺はまた立入禁止になったらしい。
駅の構内には、爆発事故で行方不明になった家族や知人を捜しに来た人達のための案内所があり、また収容された病院を示した張り紙があちこちに掲示してあり、まるで肌を刺すような緊張とざわめきの中、時々歓声、叫び声そして泣き声が入り交じって聞こえてくるという、全く異様な空間であった。
私も彼女の名前を必死になって捜した。しかし彼女の場合、月面基地で暮らしはじめてまだ間がないうちに事故に巻き込まれてしまったため、登録情報が少なく、それだけ手掛りになるものも見つからず、結局ここでは何も分からない。焦る気持ちを抑えられず、私は駅を出て、まだ夜明け前の道を走り始めた。
爆発は私たちの想像していた以上にひどいものだった。地球でいうなら、それこそ小さな国がひとつ吹き飛んだくらいだった。
とにかく、被害者が収容されたという病院を次々にあたった。そうこうしている間にも、毎日のように増え続ける犠牲者の発表数。
エネルギー管理の手落ちか、何らかの天災か、はたまた異星人の襲撃か、いずれにせよ関係者は何かを隠しているのではないかと、誰もが不審に感じ始めた頃、爆発の原因は少しずつ明らかにされ始めたが、この際そんなことはどうでもいい。
ただ、無事を信じていた。それだけだった。
いつも一所懸命なんだけれど、どこか焦点がずれていて、誰かが横で見ていないと危なっかしくて。
でも、そんな彼女がひとりで月へ移り住むなんて大胆なことを決め、実行してしまった。
頼りないように見えても、いざとなったら彼女みたいな人の方が、何があっても乗り越えていける生命力を持っているものなのだろう。
だから、絶対に大丈夫…そんな根拠のない理屈にすがるしかない。
「本当は一人だと怖くて。でも、お姉さんといっしょだったら、きっとどんなことがあっても怖くないから」
あの時、彼女は私にそう言った。
そんなこと言ってると続かないよ、一人で生活していくのは大変だよ…度胸があるのか意気地がないのか分からない彼女の言葉に、半ばあきれていた私。
でも、それは違う。
今になって分かった。
彼女から夢と勇気をもらっていたのは、本当は私の方だ。
彼女がいなくなったら生きていけないのは、私の方だった。
そして…
「お姉さんごめんなさい、わたし、わたし」
ものものしい装備の病室で、頭と手に血のにじむ包帯を巻いたままの痛々しい姿ではあるけれど、確かに目の前にいる。その大きな瞳を涙でいっぱいにして、胸に飛び込んできた彼女。腕の中でその温もりを感じている。そう、やっと再会できたんだ。
「ばかね、なんで、あなたが謝るのよ。よかった、本当によかった」
ほっとして自分も涙が出てきた。ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめて、そして思った。
先のことは誰にも分からない。
その決断を良かったと思うか、失敗だったと思うか。
それなら少なくとも今この瞬間に、自分がどうしたいのか、どうありたいのか、その気持ちを大切にすべきだと。
後悔のない生き方というのは、そういうことではないのかと。
地上からは見えないが、高いドーム天井に覆われているという月面基地。気温や湿度は快適なように調節されているはずだが、地球と違って雨や風といった自然現象がないことから、慣れるまでは調子が狂う人が多いらしい。
かくいう私も馴染むのに少し時間がかかりそうだ。でも大丈夫。
「お姉さんーっ、遅れるよぉ!」
一人で先に坂道を駆け下り、振り返って手を振っている彼女の姿。
私たちの新しい旅は、今、始まったばかりだ。
急行 | 夕 凪 |
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YOUNAGI |
運行区間
地球(メガロポリス中央)〜コロニー月見台〜如月〜月面基地(新駅) 約38万キロ | 約9時間30分 |
列車編成
1号車 |
2号車 |
3号車 |
4号車 |
5号車 |
6号車 |
7号車 |
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普通座席車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
グリーン車 |
食堂/普通座席車 |
普通座席車 |
普通座席車 |
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月面基地の拡大に伴い、従来の月面基地駅からおよそ100km離れたブロックに、新しい旅客ターミナルが設けられた。そこで当社としても新駅行きの列車を新たに設定することになり、急行「夕凪」が誕生した。
新型の動力車導入、ダイヤの工夫により、従来の急行「朝霧」と比較して速達性を重視し、全区間の標準走行時間は10時間を切った。さらに計画当初コロニー月見台の通過も予定していたが、利用客からの要望や、車両整備面の必要性もあって停車することになり、もちろん乗降も可能となっている。