優月鉄道管理局 |
TIME
TRIP BUS The
bus comes over from the future and runs towards the past. |
AND THEN
早朝から照りつける太陽の光が、半袖の腕に痛いくらいの真夏。 ラッシュのピークを過ぎた頃。隼人は今日も新佐倉駅前にいた。 ショッピングセンターの壁面に設けられた、電光掲示板にニュースが流れる。 「愛知県で開催中の愛・地球博には、この連休も多数の人が訪れ、特に7月17日は開幕以来最多の21万5,976人が入場し、1日の入場者数で初めて20万人を超えました…」 この日、隼人が目指しているのはいつもと同じ電車のホームではなく、駅前にある路線バスターミナルだ。 同僚が病気で休んでいるため、その同僚の担当の得意先へ、今日は隼人が出向くことになった。その会社が新佐倉からバスに乗っていく場所にあることと、訪問時間の関係で、今日は出社前に自宅から直接、その得意先へ行くことになっていたのだ。 “フォォン” やがて、既に十数人の乗客たちが列を作って待つ乗り場に、バスが到着した。 隼人は中央のドアから乗り込むと、整理券を取り、窓際の席について缶コーヒーのふたを開けた。 バスの車内は、買い物や通院の手段として利用する人たちで、さらっと座席が埋まるほどの混み具合だ。 ふと外に目をやると、中学校の制服姿の男の子と、10歳くらいの女の子が、バス乗り場に近づいてくるのが見える。 「夏休みだからなぁ」 女の子はノースリーブのワンピースに、 そういえば、このバスは駅前から出る複数の系統のうち、もっとも長距離の路線だ。自分が降りる停留所までは20分くらいで着くはずだが、バスはさらにビジネス街やショッピングセンター、病院などのある市街地を抜け、大きな川に沿って、県境の山のふもとにある温泉地まで、約1時間半で走る。 二人はバスに乗り込んでくると、空席を探しながら隼人の横まで来た。 「ほら、ここ空いてる」 男の子の方がそう言って、女の子に着席するよう促す。 女の子は隼人にちょこんと頭を下げると、隣の席に座った。 バッグは足下に置き、肩にかけていた小さなポシェットをひざの上に載せた。 「おばあちゃん家、お正月にも行ったから覚えているだろ。終点のふたつ前の「登山口」っていうバス停で降りたら、あとは一本道だから。僕はどうしても今日はクラブがあるから無理だけど、明日には行くから」 男の子の言葉に、女の子は無言で頷く。 そして男の子は今度は隼人の方を向くと、 「すいません、こいつ、僕の妹なんですが、今日はひとりなので、もし何かあったら、お世話かけますがよろしくお願いします」 「あ、はい」 しっかりした、妹思いのいいお兄さんだ。隼人は感心して答えた。 そのまま、女の子の方にも向いて笑顔を見せたが、彼女は恥ずかしいのか、少し下を向いたままだ。 「まもなく発車します」 時間になった。運転手の声に、兄の方は降りていく。 程なく、ブザー音とともに折りたたみ式の乗車ドアが閉まり、バスは動き出した。 そのままロータリーから街路に出ようとした時、 「おーい、待ってくれぃ」 斜め前方から、乗り遅れたらしい中年男性が走ってくると、バスの前に飛び出して両手を大きく振った。 “キキーッッ” 運転手はあわててブレーキを踏む。 「きゃっ!!」 驚いた女の子は、はずみで横の隼人の右腕に、両手でしがみついた。 ひざの上に置いていた彼女のポシェットが床に落ちた。紐に付けられた、愛知万博のキャラクターのキーホルダーとネームタグ。そのネームタグには“虹宮実緒梨”の名前。 目を合わせる二人。 「大丈夫だよ」 安心させるように優しく、隼人はその女の子…実緒梨に言いながら、落ちたポシェットを拾うと、しがみついた手に自分の手を重ねた。 ほっとして、大きな瞳で隼人を見つめながら、恥ずかしそうに、 「…ありがとうございます」 にっこり微笑む彼女。 「いや、皆さん申し訳ないね」 困ったなぁという顔の運転手を横目に、バスを止めた男は悪びれた様子もなく、汗をふきふき乗ってきた。 あらためてドアが閉まり、バスが動き出す。 「おばあちゃんの家へ遊びに行くの?」 隼人は実緒梨に声をかけた。 「はい」 照れた笑顔で頷く実緒梨。 「夏休みだからね、楽しみだね」 “フォォン” 二人を乗せたバスは、眩しい朝の陽射しを浴びて、街路樹の並ぶ大通りをまっすぐに走っていった。 (THE
END). |
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