優月鉄道管理局
Youzuki Railroad


 

時空乗合

TIME TRIP BUS

The bus comes over from the future and runs towards the past.
A purpose of the bus running is to protect his beloved person.

 

 

 

 INTRODUCTION 

 

夕刻から降り始めた雨は、22時をまわって一層強さを増し、大き目の傘を持っていても、足下がびしょ濡れになる。

一人きりの残業を終え、職場のビルを出た由布隼人(ゆふはやと)は雨の中を小走りに、駅へ降りる地下街の階段へ急いだ。

「この分じゃ土日も雨かな…まあ明日もどうせ仕事だけど」

 雨で地上の人通りが少ない分、地下街は混雑していた。もっとも特に天気に関係なく、金曜の夜は週末を迎える開放感にあふれ、どこへ行ってもいつもにぎやかなのが常だ。

しかし、今日は何か変だ。

郊外へ向かう電車が発着する地下のターミナル駅は、異様な緊張につつまれている。

いやな予感がした。この緊張は…

「…北都電鉄本線は、新佐倉駅構内で起きた人身事故のため、ただいま運転を見合わせております…」

喧騒の中、アナウンスが何度も繰り返される。改札前には運転再開を待つ人だかり。家族や知人に迎えを頼むのか、携帯で連絡をとる人たち。

「やっぱり」

あまり当たって欲しくない予想が的中し、隼人はため息をついた。この構内の緊張感は、事故や大雪など、何らかのトラブルで電車が止まっている時のものだ。

新佐倉は、隼人が降りる駅である。人身事故は年数回起きるが、自分が利用する駅では多分初めてではないだろうか。

それはさておき、困ったことになった。

「いつになったら動くのか、分からないのか?」

初老の男が苛立ちを抑えながら、駅員に尋ねる。

「申し訳ありません、電車の方は今しばらくは…でも、もうすぐ代行バスの準備ができますので、お急ぎの方はそちらの方へどうぞ」

駅員がバスターミナルの方向を指差す。ほぼ同時に、放送が構内に流れた。

「新佐倉、鳥戸方面へ向かわれる方は、代行バスを運行しますのでご利用ください。途中の各駅を経由します。定期券、回数券をお持ちの方は、そのままご乗車いただけます。それ以外の方は…」

やれやれといった表情で、改札前に固まっていた人の一部が動き出す。

さて、どうしようか。明日もいつもどおり仕事だし、この時間から帰っても寝るだけだ。時々そうするように、今夜はいっそのこと、カプセルホテルかサウナで一晩過ごしてもいい…いや待てよ、明日のクライアントとの打ち合わせに必要な資料は、このあいだ自宅で作り、フロッピーも置いたままだ。

「仕方ない、帰るか」

列に並ぶ覚悟を決め、隼人は同じくバスを目指す人の波に混ざって地下街を歩き始めた。

 

 

地下街の途中にトイレがある。

この分だと、すぐにバスに乗れるとは限らないし、乗れても混雑する市街地、しかも週末で大雨とあっては、渋滞に巻き込まれていつ帰り着くか分からない。今のうちに済ませておこう…

用を足し、ついでに顔を洗って出る。

「おや?」

さっきまで、地下街の中を延々と、代行バスの乗り場へ続いていたはずの人の流れがすっかり途絶え、あたりは妙な静けさにつつまれている。

変だなと思いながらも、表示の矢印に従って出口の階段を目指す。

ようやく「バスのりば」の表示が掲げられた階段にたどりついたが、やはり、あたりに人影はない。

階段を上がり地上に出ると、冷たい風が一瞬、ひゅうっと頭のてっぺんを吹きぬけた。

「あ」

空を見上げてちょっと驚いた。さっきまでの土砂降りがすっかり止んでいるばかりか、雲ひとつない澄んだ空、その真ん中から満月が、眩しいくらいの鋭い光であたり一面を照らしている。

深呼吸してあたりを見渡す。それほど高くないビルに囲まれた小さなロータリー、中央の植え込みの真ん中に背の高い水銀燈が一本。その向こうにバス停が見える。並んでいるのはたった3人だ。

周辺には商店もホテルも何もない。バス停の3人以外に人影もない。

「こんな場所があったのか」

 慌しい日々ではあるが、それでも通勤で通り過ぎるだけの駅、という訳ではない。隼人にとっては職場の最寄り駅ということで、仲間と周辺を飲み歩いたり、地下街で夕食をとり、ついでに近くのショッピングモールをうろついて帰ることもよくある。駅周辺にどんな店があったり、どこの階段を上がったらどんな風景、ということは、それなりに知っていたはずだった。

 しかし、この街並みには見覚えがない。ここは、どこだろう。

 そんなことを考えていると…

“フォォン”

 大型車によくある低いクラクションが聞こえ、ヘッドライトが近づいてきた。

 「あ、まずい」

 せっかく来たのに、ぼんやりしていると乗り遅れてしまう。駆け足で急ぐ隼人の横をバスは通り過ぎ、ロータリーの向こうのバス停に止まった。

 車体の中央にあるドアが開き、一人の女性が降りてドアの横に立った。

こんな路線バスにガイドが乗っているのだろうか? それでも待っていた3人の乗客は気にすることもなく、そそくさと乗り込んでいく。

バスは走ってくる隼人を待ってくれた。

 「ありがとう」

 やっとバスの前まで来て、隼人はまた驚いた。

 ガイドかと思っていた女性は、まだ子供と言っていい少女だった。せいぜい10歳くらいだろうか。

 それに、バス自体も今時あまり見かけない、やや古びたデザインの車だ。

 少女は大きな瞳で隼人を見上げて言った。

 「こんばんは…すぐ発車します。お乗りになりますか?」

 「あ、はい」

 ゆっくり考える暇などない。隼人は思わずステップに足をかけ、乗り込んでしまっていた。

 車内には、さっきの3人のほかにも、前の停留所から乗っていたらしい乗客も含め、すでに5人が乗車していた。

 少女はもう一度バスの前後を見て、誰もいないことを確認すると、車内に入り運転手に向かって手を挙げる。

 「2005年、オーライ」

 え、2005年だって?

 確かに今が2005年であることに間違いはないが、普通、バスのアナウンスで聞くようなセリフではない。

 それでも何事もなかったように、ビーッというブザーとともにドアが閉まり、バスはゆっくり動き出した。

 

 

 「とりあえず乗れてよかった。でも思ったより空いてるなぁ」

 車内を見渡して隼人は思った。たった5人の乗客は、思い思いの場所に散らばってシートに腰を下ろしている。

何とか無事に帰れそうだ。それはいいのだが…それにしてもさっきの、駅からバスターミナルを目指して歩いていたあの行列はどうしたんだろう。自分がトイレに立ち寄ったのはほんの僅かな時間だったと思うが、その間にすでに先に出たバスがあって、みんなそれに乗って行ったんだろうか。

 それに道路の空き具合も、いつもの週末ならこんなにスイスイと車が走れるはずないのに、このバスはまったくストレスを感じさせないスムーズな走りっぷりだ。

 しばらくして、乗車ドアの直後の席にちょこんと座っていた少女が立ち上がり、マイクを手にとって喋り始めた。

 「あの子がバスガイド、いや車掌だったのか」

 今時バスに車掌、しかもあんな子供が…さっきからどうも妙だ。急変した空模様、見たことのない風景、そして、どこか不思議な雰囲気を漂わせるバス。

いったいこれは何なんだろう?

 その少女のアナウンスは、隼人の頭をさらに混乱に陥れた。

 「2005年からご乗車の皆さん、お待たせしました。このバスは時空乗合・1970年行きです。停留所は1年ごと、ご希望のところで停車しますので、お降りの方はお近くのボタンでお知らせください。お知らせのない停留所は通過します。次は、2004年です」

 時空乗合?

 1970年行き?

 本気で言っているのだろうか。いやまさか。だとしたら何だ?何かのイベントか?映画かドラマのロケにでも紛れ込んでしまったのか?

「運転手は、刻海(ときみ)営業所の虹宮晃星(にじみやこうせい)、車掌はわたし、虹宮実緒梨(みおり) です。終点までご案内します。よろしくお願いします。
 では、ただいまから乗車券を拝見します」

 実緒梨と名乗った車掌の少女は、車の一番前に立ってそう言うと、順に1人ずつ乗客のチケットを確認し始めた。

 ゆれる車内をゆっくり歩きながら、5人の乗客、それぞれの横へ行って、淡々と確認作業をこなしていく。

「乗車券を拝見します」

 隼人の順番になった。言葉は丁寧だが、どうも喋り方や動作にあまり感情らしきものがない。初めて会う者に対する、子供らしい礼儀正しさと言えなくもないが…そんな実緒梨が、じっと隼人を見つめる。

 「あの、駅の放送で、代行バスは定期で乗っていいって言ってたんで…でもこれ、違う車みたいですね。すいません、降りますんで、そのへんで停めてもらえますか?」

 落ち着いてこれだけ言うのが精一杯だ。

 「ちょっと待っていてくださいね」

 実緒梨はそう言うと、運転席の横へ駆け寄って、何やら小声で相談していた。やがて、運転手の晃星が車内のマイクを通じて言った。

 「お客さん、申し訳ないがちょっともう、時空トンネルに入ってしまったし、悪いですが他のお客さんがみんな降りるまで、しばらくお付き合い願えませんか。後でちゃんと元の場所へお送りしますんで、ひとつ」

 実緒梨も再び隼人のそばへ来て、

 「ごめんなさい」

と頭を下げた。

 「いや、俺がちゃんと見ないで乗ったのが悪いんだし、君のせいじゃないよ」

 それはそうと、時空トンネル?

 窓の外は、いつの間にか夜の暗闇とはまた違った、漆黒の空間に変わり、バスはその中をひた走っていた。時折、稲妻や渦巻きのような光が、近づいたり遠ざかったり。それはまるで、遊園地のアトラクションのようであった。

 「時空トンネル走行中は、窓から手や顔 を出さないように願います。もし時空間に 転落したら、時の流れに飲み込まれて帰って来れなくなりますので」

 晃星がまた、マイクを通じて車内にそんなことを話しかける。

 わずか数十分の間のあまりに激しい展開の中で、隼人はもう、目の前の出来事を不思議なくらい、冷静に受け止められるようになっていた。

 運転手の晃星が言う時空トンネルなるものが本物なのか、やっぱり何かの芝居に過ぎないのかといったことより、後でちゃんと元の場所に帰ってくれるとは言ったが、いったい何時になるのだろうか、そんなことの方が気になる隼人であった。

 

 

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