The days which
earth people strike out into |
(2)
台所へ行き、戸棚を探していると、アオバが近づいてきた。
「ねえハクト君」
「どうした?」
「やっぱり、やめた方がいいんじゃないかな」
遠慮がちにそう言うアオバに、きっぱりと返した。
「大丈夫だよ」
「でもイズミちゃん、旅行の経験とかほとんどないんでしょう? いきなり宇宙旅行で、12時間も列車に乗って…心配するなって方が無理よ」
「俺が初めて宇宙へ旅立った時と同じように、優月鉄道の急行に乗りたいって、それもあいつの希望なんだよ。それに、帰りはシャトルにするから」
「それでも、時期が悪いよ。最近、隕石嵐で列車が遅れたり事故に遭ったりって、なんか多いし。よりによってこんな時に無理しないでも、少し先に伸ばしたって」
「…もう、時間が、無いんだよ」
「えっ?」
「あいつには、もうあんまり、時間が残っていないかもしれないんだ」
「それって、あの、それって」
動揺を隠さないアオバに、心を決めて打ちあける。
俺たち兄妹のためにいろいろ力になってくれている彼女に、隠しておくのもしのびない。
「今日、ここへ来る前に一応と思って、主治医のところにあいさつに行ったんだ。そしたら」
真剣な眼差しで俺を見つめるアオバに、俺は一気に続けた。
「良くてあと一年だろう、って」
「うそ…」
アオバもイズミの病気のことはずっと前から知っている。しかし俺が話したその内容には、さすがに衝撃を受けたようだった。
「くれぐれも、イズミには内緒で頼むぞ」
「そ、それは分かってるよ、けど」
「信じたくないよ、俺も。それに、本当にあと一年って決まった訳でもない。望みを捨てる訳じゃない。でも、いま出来ることがあるなら、いまやっておきたい。後悔はしたくない。」
「……」
「あいつは、どこへも行けなかった。生まれたときから今まで、狭いこの街の空しか見たことがないんだ。そんなことって…不公平だよ、寂しすぎるじゃないか。だから、今回は予定どおり、あいつを月に連れていってやるって決めたんだ」
塩を持って縁側へ戻る。
「ほら、これかけるとスイカもっと甘くなるぞ。でも不思議だよな、なんで塩で甘くなるんだろ」
さっきと同じように横に座るが、イズミは下を向いたままじっとしている。
まさか…俺は焦った。
「どうした、気分悪いのか?」
すっと顔を上げて俺を見つめるイズミ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
言いながらゆっくりと胸に抱きついてきた。
「もうどこへも行けないと思ってた。だから、嬉しいの…わたし、もっともっと元気になって、いろんなところへ行きたい。行けるよね、わたし」
「ああ、もちろんだ」
「約束だよ」
「心配するな、俺が、俺が守るから」
その背中にまわした腕に穏やかな温もりを感じながら、俺はこのわずかな一瞬さえも、切りとって箱に詰めて、いつかイズミに渡してやることが出来たら、と思った。