優 月 鉄 道  

The days which earth people strike out into
various places of the cosmos,
Youzuki Railroad is running between the
earth and the moon with traveler's heart.

[すいかの季節]


(4)
 
 月面基地行きの急行「朝霧」。このホームからこの列車に乗るのも、もう
3回目だ。
 
年前、一人で初めて月へ旅立った。
 去年、妹のイズミを連れて二人で乗った。
 そして今、また一人で月へ向かおうとする俺。
 
ホームのベンチに座り、ぼんやりと列車を眺める。目の前に停車している、オレンジ色と緑色に塗られた車両は、少し古びたとはいえ変わっていないが、乗り込む俺の気持ちは毎回違う。

「はい、これ」
 アオバが弁当とお茶を買ってきてくれた。
 「ありがとう」
 彼女も横に座り、発車まで付き合ってくれる。
 「ハクト君、大丈夫?」
 「ん?」
 「何ていうか、全然元気ないし」
 慌しい日々だった。そう長い休暇も取れず、しかしやることは多く、追われるままに時間だけが過ぎていった。心にぽっかり開いた空白を埋める余裕はなかった。
 いや、どんなに時間をかけたところで、埋めることはできないのかもしれない。
 「ごめん、元気出せっていう方が無理よね、こんな時に」
 申し訳なさそうにアオバが言う。
 「君が謝ることなんてないよ。むしろ感謝してる、いつも俺たちの力になってくれたこと」
 寂しいのは彼女だって同じだろう。従姉妹というより、もう家族のように、いつもイズミと一緒にいたのだから。
 「俺は、守ってやれなかった」
 「え?」
 「イズミと約束したんだ、絶対、俺が守るって」
 「ハクト君は優しかったよ。イズミちゃん、きっと喜んでるよ」
 実際、兄のハクトのことを話すときのイズミは、いつも、とても楽しそうだったという。ハクトと一緒に初めての、そして最後の宇宙旅行をした、あの時の写真を何よりも大切にしていたという。
 「そうだと、いいんだけど、俺…あいつのこと、苦しめてたのかもしれない。あいつは妹なのに、俺は…」
 「どういうことなの?」
 怪訝そうに俺を見るアオバ。
 そのとき、発車のベルが鳴り響いた。
 質問には答えず、俺はデッキに足をかけた。
 「じゃあ、行ってくる」
 「うん、また何かあったら連絡してね」
 何か不安そうなアオバ一人をホームに残し、列車は低いモーターの唸りをあげて動き出した。
 

地上との発着線路を離れ、夜空を突き進んでいく列車。
 窓を開けて、冷たい風を感じながら、眼下に広がる街のきらめきを見る。
 「わあーすごいー、ねえ、わたしたちの家はどっちの方かな」
 向かいの座席に座って同じ風景を見ながら、はしゃいでいたイズミを思い出す。
 「でもこのきれいな景色を見て、地球へ帰りたくなる人が多いんだって。宇宙へ行くって決めても、やっぱり決心が鈍るんだろうな」
 「ふーん、お兄ちゃんも初めての時はそうだったの?」
 「正直、ちょっと思ったな、俺も」
 しばらくして、あいつは俺に言った。
 「わたし、こんなに弱いけど、お兄ちゃんやアオバさんや、みんなに助けてもらって、だから今度はわたしが誰かの力になりたい、支えになって応援したいって、そんな風にできたらいいなって思ってるの」
 「そうか、イズミに応援してもらえるなら、誰だって恐いものなしだ」
 そんな話をした。


 窓を閉めて、ボストンバッグから封筒を出す。
 あの日…最後の夜、イズミが俺に渡してくれたものだ。
 「開けても、いいか?

 声を出さずに、イズミはうなづいた。
 そこには、あいつが大事にしていた、イルカのペンダントと、一枚の便箋が入っていた。
 “お兄ちゃん、ありがとう”
 “愛しています”


 人に言えない秘密ができた。


 泣き虫で。
 辛いものが苦手で。
 スイカと、ラムネと、海岸の散歩が好きで。
 数学と、イラストと、パエリアが得意で。

 そんなあいつに、いつか、小さな喫茶店か雑貨屋を持たせてやりたかった。
 でもそれはイズミのためというより、俺の望みだった。俺が帰る場所が欲しかっただけなのかも知れない。
 「俺は、結局何もできなかった。それどころか、最後にお前のこと…」
 たまらず、洗面所に駆け込み、勢いよく水を出して頭から被った。
 鏡に映った自分の顔と、手に握った形見のペンダントを見て、思った。
 「イズミ、俺、やっぱり駄目だよ。おまえを失うなんて、このまま二度と会えないなんて」
 俺がこの急行をコロニー月見台で途中下車し、そのまま快速に乗り換え、地球へ戻ったことをアオバは知らない。


 メガロポリスの郊外にある、広い敷地と近代的な設備の研究所。
 応接室のドアを開けると、彼は待っていた。
 「ようこそ、早速ですがお話に入りましょうか」
 俺のやろうとしていることは、悪魔に魂を売ることになるんだろうか。
 でも、走り出してしまったこの想いは、もう止められそうになかった。

 

(To be continued.)

 

この物語の続きは、同人誌「月あかり環状線 3号車」に掲載いたしました。
ご関心をお持ちいただけたなら、ぜひ、そちらをごらんください。
(2007年5月4日、「東京のりもの学会」にて頒布いたします)


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